Berlin - Tiergarten
ブランデンブルク門から西には広大なティーアガルテン(「動物園」の意)があり,
この周辺には大統領官邸,首相府,ドイツ連邦議会議事堂(写真はこちら)などがある.
ブランデンブルク門から西へ伸びる通りが6月17日通り.
元々はシャルロッテンブルク通りだったが,1953年6月のベルリン暴動が
6月17日に鎮圧されたことから6月17日通りに改称された.
通りには,ソ連の何かを記念した記念碑がある.
ロシア語が読めないが,1941,1945と書いてあるからベルリン暴動ではなく第二次大戦に関するものだろう.
でもよく考えると,場所は壁の西側.
ロシア語は読めないが,国旗と同じく鎌と槌が分かる.
6月17日通りをまっすぐ行くと,ティーアガルテン中央の戦勝記念塔ジーゲスゾイレ(Siegessäule)がある.
ジーゲスゾイレは,プロイセン王国が1864年第二次シュレスヴィッヒ=ホルシュタイン戦争(対デンマーク戦争),1866年普墺戦争,1871年普仏戦争に勝利したことを記念して建築した.
建築期間は1865年~1873年.最初は連邦議会議事堂前にあったが,ドイツ第三帝国によって現在の場所に移された.
高さ67m,頂上には勝利の女神ヴィクトリアの像がそびえる.
階段で上れば頂上が展望台になっていると,帰国後に知った.上っとけばよかった.
ただ,実際にはこの記念塔建築後,ドイツは戦争に勝っていない.ちょっと皮肉な話だ.
周辺には普仏戦争で活躍した人の像がある.
ビスマルク(Otto Eduard Leopold von Bismarck)はプロイセン王国の首相として鉄血政策を打ち出し,
その後ドイツ帝国初代宰相となった.
Wikipediaによると,伊藤博文はビスマルクを尊敬していたらしい.
ローン(Albrecht Theodor Emil von Roon).あんまり知らない.
モルトケ(Helmuth Karl Bernhard Graf von Moltke)と言えばこの時代最高とも言える軍人.
弟子のメッケルが日本政府の招聘で来日し,日本陸軍に影響を及ぼした.
ジーゲスゾイレから北に上がり,今度はティーアガルテン沿いに東に向かう.
北に行くと,まず大統領府が見える.
大統領府は元々は1785年~1786年にかけて立てられたベルビュー宮殿.
さすがに今は入れない.
シュプレー川沿いに東に行くが,しばらくはそれほどの見所はない.
そしてしばらくすると世界文化館にたどり着く.
文化館の隣に首相府がある.これがまた大きい.
川を渡ると,現在大改装中のベルリン中央駅(旧Leheter Bahnhof)が.
ちなみに"DB" はドイツ鉄道 "Deutsche Bahn"のこと.街中のでかいビルにも結構
DBのマークがあるんだが,儲かってるんだろうか.
そしてここにもやっぱり謎のオブジェがある.
ちなみに,この川沿いも分割時代は壁だった.
そのため,川沿いの道には壁跡を示すプレートがある.
コメント
坂の上の雲で名前をみた人がいる・・・!
投稿者: あね | 2006年05月19日 23:17
サッカーシューズのオブジェはワールドカップ記念だそうです。
NHKでも紹介されていました。
http://www.land-of-ideas.org/CDA/football_shoe,3633,0,,en.html
http://inews.sports.msn.co.jp/worldcup/news/2006/05/03/20060503-45-60.html
投稿者: すずき | 2006年05月19日 23:37
ああ,相対性理論のオブジェがベルリンドームのあたりにあったのか.
見とけばよかった・・・
投稿者: つちや | 2006年05月20日 09:55