今日は年度末,3月31日.誰かさんの誕生日だ.おめでとうと書いておこう.
で,更新停止期間中の事を.
3月25日は通信学会の全国大会で国士舘大学に行った.
学生の発表が10時30分に終わり,
次のセッションは14時30分.その間4時間.
いくらがんばっても昼ご飯に4時間かけるのは無理なので,
国士舘大学の近くにある松陰神社に行ってきた.
松陰神社は言うまでもなく吉田松陰を祭神とする神社で,境内には吉田松陰の墓所や松下村塾の複製もある.
まぁ吉田松陰にはあんまり思い入れはないので,そんなに写真は撮っていない.
というか松陰神社に行ったこと自体が思いつきなので.
境内はこんな感じ.いたって普通.
奥に行くと,松下村塾を模した建物がある.
近くには明治100周年祭の碑があったり.
続いて吉田松陰の墓所へ.
墓所に続く道.墓所は境内からちょっと離れたところにある.
ちなみに,長州第四大隊招魂碑は1864年8月20日の禁門の変に関連して45名が死亡・獄死した.
ついでと言ってはなんだが,近くには日露戦争当時の首相,ニコポンこと桂太郎のお墓もある.
桂太郎自身は松下村塾には入っていない(というか年代が違う)が,叔父が松下村塾の出資者だったらしい.
正直,坂の上の雲を読んだ後なので,吉田松陰よりも桂太郎の方が心引かれるものがあった.

松塾といえば高杉晋作と愉快な仲間。(←この時点でねえ)
先日、テレビ番組で井上馨の話題が出ていた。
井上馨=凄い人。(世間一般)
井上聞多=某雑誌のイメージ(伊藤翁も同じ)
読んだものなどでイメージというのは変わるのだ。と実感。恐ろしいものです。
まぁ伊藤俊介・井上聞多は密航とかいろいろやらかしてるからの.
しかし井上聞多がすごい人というのは間違いではあるまい.
畳針で50針縫われて生きていられるのは聞多ぐらいであろ.